早いもので、7月も後半を迎える。そろそろ台湾での国内線の
チケットを押さえねばと、台湾国内の航空会社を調べた。
澎湖島へは結構な便数の飛行機が飛んでいる。馬公まで、
松山から50分程度掛る。料金は1790台湾ドルから2000程度
日本円にして、5000円~6000円と言ったところなので、日本から
比べるとやすい。いづれにしても会員にならねばPCからの予約が
出来ない。いろいろ試したが、今一つ上手くいかない。已む得ず
易遊網(ezTravel)と云う大手代理店の会員手続きで、思った
飛行機を押さえることが出来た。中国語辞書には載っていない
単語が結構あるので、試行錯誤。でも、漢字文化はありがたい。

2 コメント:
澎湖島へ行く便の予約も入れ、いよいよタイトルの「回帰街道」へ道が、読者の脳裏にも浮かんで来そうだ。
それにしも、紫外線が強烈に強い地域のようだ。事実、昔、仕事で沖縄 那覇空港に降り立った時に、滑走路脇に止まり、タラップで降りたときの照り返しと紫外線の強さに 驚いた記憶がある。サングラスは必需品と思われる。
現実に、現地の漁師さんたちは、特に奥さん連中が 昔、日本では「月光仮面」で流行ったような 顔を覆うスタイルで紫外線を防ぐことを作業の前提としているようだ。
ところで、このブログには投稿者名、時刻は刻印されているが、いつの 日に投稿したのか、悩む。
海とは関連するが、最近 訪れた 小アジアと呼ばれたアナトリア半島 これが、トルコの語源になったと言われている。
イスタンブールのヨーロッパ側をマルマラ海に沿ってしばらくバスは直走り、ダーダネルス海峡をフェリーで渡り、アナトリア半島へ。周辺に見える小高い丘、山には遺跡群が残っている。ギリシャのアレクサンダー大王、そして古代ローマ帝国の遠征軍が遣ってきて支配した占領地に城と、街を作った。トロイの遺跡もそうだ。
元々の、原住民達は、海に溢れる支配者達の軍船を見て、何度となく驚き、ため息を吐いたのでは。男達は戦いで殺され、女・子供は捕虜になり連れて行かれる。無事、生き延びたとしても、捕虜は奴隷扱いで街作りの労働力だったであろう。
その兵(つわもの)どもが、夢の跡の 荒涼とした大地に、「アメジストセージ」の原種が咲き誇っている。宝石のアメジストに似た 深い色の花を咲かせる この草木はバルカン半島からアナトリアの大地が原産と言われている。
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