14:05

田嶋宏行氏が師事した人達

2011.6.20(mon.)
1932年東京芸術学校で広川松五郎に染色技法を、また水彩画は中西利雄に共感し研究したようである。特に中西利雄は一貫して油彩以上の重量感のある画趣を遺したことで有名。田嶋の作品工程の
一部に水彩が油彩に負けず劣らず存在感を発揮しており、水彩画法は中西による影響が多分にあったのであろう。1942年~1945年は戦争により中断、彼自身は陸軍建設部隊に所属した。
戦後抽象画を取組むにあたって、多大な影響を与えたのが斉藤義重である。彼は1960年代50歳代で
グッケンハイム国際展の最優秀賞受賞、サンパウロ・ビエンナーレでは外国部門最優秀画家賞などを
受賞。抽象で世界に認めれれた日本芸術家の先駆者である。常に前衛的で、反骨の人であった。
戦前から戦後にわたり古い権威主義との孤高の戦いを続けて、日本より海外での評価が高かった人
である。田嶋氏が抽象画へ傾斜し、孤高にかつ権威主義に抵抗した姿がダブってくる。日本より海外
での評判が高かったのも共通である。つづく
20:37

田嶋宏行氏の青年期





2011.6.15 (wed) 田嶋氏の1930年代の青春期、利恵夫人小学生高学年の時代。田嶋氏はその当時の自由闊達な青年が歩んだ反戦運動と共産主義運動に手を染めていく。
利恵夫人の実家の近くに共産主義運動の学生の溜り場があったようだ。田嶋氏もその 一員として、熱っぽく反戦と理想の社会に対し議論していたのではなかろうか。しかし、
後の話の中で、共産主義の思想はだれも救ってはくれない、共産党も間違いだった。また美術学校の師弟関係や、画壇の派閥にみる縦社会に対しても失望感を抱いており、
その当時から日本の縦社会の閉鎖性に嫌気をさしていたようである。彼の反骨精神が新しい表現力革新的取り組みを決意させ、彼独特の作品を生み出す源となったと言えよう。モダンアート協会、日本版画協会員に名を連ねた時期もあったが脱会した後は、海外への展開へシフトしていく。若干時代的考察が必要だが、1930年台、利恵夫人は横浜にあるシティーバンクに勤めていた。終戦後再びシティーバンクに勤めるようになった
時代に宏行氏と再開している。海外への展開に対しては利恵夫人の影響が多分に
あったものと思われる。    1970年 green wall by Hiroyuki Tajima 続く
16:26

田嶋宏行氏の生い立ち

2011.6.13 夜から朝方にかけ、低気圧の通過で相当な雨が降った。とても蒸し暑い一日となる。真夏が今から思いやられる。さて、田嶋氏については奥さんからの話が唯一記録されている。
1911年東京生まれ。小学校5年の時、祖父が住む松井田町に移る。祖父は同町で「しまや」という飛脚問屋を営んでいたということだが、1867年大政奉還により、その後郵便事業に政府が乗り出したことから、1930年代その当時何を営んでいたかは定かではない。松井田町は碓氷峠を経て、長野県軽井沢町と接し、東京から約130㎞の距離にある。松井田城を中心に栄え、中山道の坂本宿と並ぶ宿場町として栄えたので、その宿場町の飛脚問屋と言えばそれなりに著名であったであろう。彼は母親を彼自身生後4日にして亡くし、松井田の祖父母に育てられた。奥さんに語った彼自身の言葉によると「周りは他人ばかり、”僕はいつも人の事を気にかけていた”」そうだ。幼年期の体験が、彼の性格を形作ったのではないか。画壇において独立独歩の道を歩み、創作版画において独自の分野を開いたのも、この時代の体験が影響していると思われる。1941年太平洋戦争が始まる前に結婚をしたが、息子を疎開先の池でおぼれて亡くすなどつらい日々が続いたようだ。最初の奥さんの話はその後出てこない。
絵を書くのが好きだった少年は、県立高崎商業学校を卒業後、東京美術学校(現芸大)、日本大学芸術学科で学ぶことになる。次回に続く
13:20


2011.6.10

昨日は世田谷美術館の美術課長を迎え、午後のひと時、文化論議に花が咲いた。

世田谷美術館が来月から来年3月まで改修工事に入るとか、我が美術館のポスター

を貼ってもらえなくなる。田嶋氏の作品は海外の美術館で永久コレクションとして所蔵されているが、日本で彼の研究者は一人もいないのが残念だ。(シカゴ・アート・インスティチュート、グッケンハイム、ブルックリン、ニューヨーク近代美術館、大英博物館、西ベルリン国立博物館などで所蔵) その結果、彼に関する資料が乏しい。大英博物館の専門部門で保存学の観点から研究論文が出ているのが唯一であろう。彼の作品は木版画の工程分担はなく、「絵を描く、彫る、刷る」すべてを自らの手で行ったところに特徴がある。それだけに一作品の枚数が少ないし、魂の入り具合で作品の印象が変わることもある。ほとんど油絵に近いのかもしれないが、しかし版画なのだ。不定期ではあるが少しづつ紐解いて行こう。{写真は新緑に萌える工房の庭}let's enjoy tokyoで紹介された美術館案内URL http://www.enjoytokyo.jp/museum/spot/l_00032967/