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田嶋宏行氏の青年期





2011.6.15 (wed) 田嶋氏の1930年代の青春期、利恵夫人小学生高学年の時代。田嶋氏はその当時の自由闊達な青年が歩んだ反戦運動と共産主義運動に手を染めていく。
利恵夫人の実家の近くに共産主義運動の学生の溜り場があったようだ。田嶋氏もその 一員として、熱っぽく反戦と理想の社会に対し議論していたのではなかろうか。しかし、
後の話の中で、共産主義の思想はだれも救ってはくれない、共産党も間違いだった。また美術学校の師弟関係や、画壇の派閥にみる縦社会に対しても失望感を抱いており、
その当時から日本の縦社会の閉鎖性に嫌気をさしていたようである。彼の反骨精神が新しい表現力革新的取り組みを決意させ、彼独特の作品を生み出す源となったと言えよう。モダンアート協会、日本版画協会員に名を連ねた時期もあったが脱会した後は、海外への展開へシフトしていく。若干時代的考察が必要だが、1930年台、利恵夫人は横浜にあるシティーバンクに勤めていた。終戦後再びシティーバンクに勤めるようになった
時代に宏行氏と再開している。海外への展開に対しては利恵夫人の影響が多分に
あったものと思われる。    1970年 green wall by Hiroyuki Tajima 続く

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