9月18日星期六、土曜日)澎湖島に日本人街があったことをは余り知られていない。恐らく街形成としては馬公だけだったのではないか。1924年の戸口調査のデータから当時を語ると、澎湖人口は60,621人その内、馬公の人口は20,670人(うち日本人1,816人、本地人18,813 人,外国人42人)と島内一の町と言われてそうだ。佐賀、長崎、熊本、福岡などからの人が中心で、商業、建設、旅館等サービス業に活況を呈していたようだ。さて、後7日間の授業となったが、学習はまだこれからと言うところ。どう続けていくが課題。今日来た還暦の人は、何んと福岡市野間に住んでいる人だった。三年前から毎年ここに勉強しに来ている人で、普通の会話は問題ないようだが、しかし聞くのは難しいと言っていた。中国勤務が5年程度あったようなのに、その時は余りやる気は無かったとの事、退職間際から始め、日中のビジネスコンサルタントとして第二の人生を歩みだしたのだそうだ。そう言う訳で、今日の夕食はこの人を含め10人近く集まり、ここで日本語を学ぶ女性の案内で、美味しい中華料理を食べに行った。中華料理と言っても、正に澎湖式中華といえる地元産物(牡蠣、烏賊、粒貝の様な貝、瓜など)が中心に出てきた。台風が来ているようだが、この週末はストックもあり食事に心配はいらなそうだ。今日アップした写真の一つは、地元の野球風景。公式ソフトボール(硬いヤツ)と思うが、ピッチャーの投げる球は、ゆっくり山なりの玉で、キャッチャーは中腰の姿勢。ボールは殆どベースの手前に落ちているのでストライク、ボールの判定が良く分らない変な野球。もう一枚は中華料理での食事前の風景。


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